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西村克之 木工作家・トーテムポール作家 1958: 高知県生まれ |
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資格 |
高知県幡多郡の四万十川中流の西土佐村で生まれ、中学2年の秋までそこで育つ、家の裏は畑をはさんで四万十川、四季をつうじて川遊びをしていました。
日本のチベットと言われるような高知県の山の中から大都会大阪へ引越しカルチャーショックを受けました、あとで考えると和泉市も大阪の田舎なんだけど。地元の府立高校に進み、クラブ活動は半年柔道部後は写真部でした。1年の夏のバイトでキャンピング車(当然自転車ですけど)を買い紀伊半島や四国などを旅してました。その後大学時代には九州も回って自転車は終わり。
建築士に憧れ大学は建築科へ入学、二回生が終わると大学を休学し、シベリア鉄道に乗ってヨーロッパへ、初めは建築を見る目的もあったのですが1ヶ月もしたらそんなことを忘れて気ままな放浪の旅人になっていました、何を隠そう何度かバルセロナに行ってるのにサクラダファミリア見てません。お金が無かったのでイギリスの日本レストランで働いているとき不法労働で捕まり留置場に入れられ2度裁判をうけました、判決は執行猶予つきの有罪で速やかに国外へ出なさいという程度、裁判官の心証を良くする為に買った日本へのチケットを即解約して旅を継続し、インドやネパールなどアジアを旅して帰国。大学卒業後、高知の工務店に就職し住宅の営業をするが研修期間が過ぎてすぐに退社する、大阪に舞い戻り数奇屋建築の工務店で大工見習いをさせてもらうが3年でやめて家具の作り方を教えてもらえる長野県の技術専門校に入校。卒業後工房COMMAを開設。
詳しいプロフィール
1958(昭和33年)9月16日四万十川の中流西土佐村江川崎に地方新聞記者父浩昌と田舎の食堂のおかみ母千代子との間に希望の星長男として誕生。四万十川の筏乗りを祖父に山伏を曽祖父にもつ、なんかまともなサラリーマンになりそうもない家系に幸か不幸か生まれてしまった。しかし、なんとかわいいことでしょう、そう思いませんか?これが40数年後こんなに変わってしまうとは、誰が想像することができたでしょうか。それにしても写真の後方の金庫が気になります。金持ちの御曹司のような気品のある息子の顔の背景に意識的に金庫を置いたのでは?父の演出?もしそうであれば俺に期待してたのかなぁ、。生きてて今の俺の生活を見たらどう思うだろう・・・
言わなくてもわかると思いますが、一番右の能天気な顔をしたデブがちょうど二歳の私でございます。順調なというか、それ以上の成長をしている最中です。草履の鼻緒に注目して頂きたい、左の子は無地ですが私のは柄物ですね、粋ですねぇ、そういう目で写真をみると、芸者遊びで身上食いつぶす若旦那という雰囲気が漂っているように思いませんか?
運動会のお遊戯の写真です、自分で言うのもなんですが、ここまで気持ちの入った踊りをするガキを今までみたことありません、目を閉じ完全に自分の世界に入っている顔、指の先まで神経の行き届いた手、完璧な角度を保つ膝、橋之介の子供たちもはたしてここまでできるだろうか? 誕生~保育園時代終わり
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